政府は2021年11月9日、看護師や介護士、保育士の賃上げに向けた検討を始めました。
これらの業界は、低賃金や過酷な労働環境などから深刻な人手不足が続いています。
財源が限られるなか持続的な賃上げには課題が多く、生産性向上による自律的な仕組み作りが求められています。
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看護、介護、保育、幼稚園などの賃上げをする
岸田文雄首相は経済政策の柱として、福祉関係職の処遇改善を掲げています。
同日、ともに初開催となる「全世代型社会保障構築会議」とその下部会議と位置づける「公的価格評価検討委員会」の合同会議で、岸田首相は「看護、介護、保育、幼稚園などの現場で働く方々の収入の引き上げは最優先の課題だ」と意欲を示しました。
首相は「経済対策で必要な措置を行い、前倒しで引き上げを実施する」と述べたうえで、「その後のさらなる引き上げに向けて各制度の見直しを議論し、年末までに中間整理をとりまとめてほしい」と指示しています。
賃金の引き上げ幅を現行月収の3%程度
政府は介護職員や保育士の処遇改善策について、賃金の引き上げ幅を現行月収の3%程度にする見込みです。
看護師も同程度の引き上げを検討し、幼稚園教諭も賃上げします。
22年春季労使交渉で民間企業へ賃上げの流れを広げる狙いがあります。
上げ幅を3%とすると月額9000円程度
職種別の平均月収は全産業平均の35万円程度に対し、介護と保育は30万前後と低水準です。
上げ幅を3%とすると月額9000円程度の賃金上昇となります。
看護師は1万2000円程度となります。
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介護や保育は全産業平均に比べ5万~6万円ほど低い
介護や保育の職に就く人の平均月収は全産業平均に比べ5万~6万円ほど低い水準になっています。
看護師の平均月収は全産業平均より高いが早朝や深夜など厳しい勤務条件で働く人も多く勤務実態に見合った処遇改善が必要として介護、保育と一体で検討します。
具体的には今後、一時的な給付金で即効性をもって処遇を改善する方法や、国が定める報酬基準の改定などによる持続的な改善といった手法が議論の対象となる見通しです。
2009年以降、月額7万5000円分を上乗せ
処遇の改善については、国はこれまでも取り組んできました。
特に介護は国が3年に1度定める基準に基づいて働く人の給与などが決まる仕組みで、報酬を上乗せするための基準改定を度々実施してきたのです。
加えて過去には交付金を通じて処遇を改善してきており、2009年以降でみると合計で月額7万5000円分を上乗せしています。
保育の分野も、経験年数や技能に応じ賃金を上乗せする仕組みを導入してきました。
それでも介護、保育ともに他の産業と比べて賃金水準は低く、欧米と比べても見劣りします。
人手不足が常態化している
賃金水準は低く、厳しい労働状況に見合わないため、こうした業種は人手不足が常態化しています。
少子高齢化も重なり、介護職は25年度に19年度比で32万人、40年度には69万人が不足するとされています。
保育は24年度末までに2・5万人、看護は25年に7万人が足りなくなる見通しです。
政府は人手不足の解消に向けて介護分野などで外国人労働者の在留資格の拡充にも動きました。
しかし、新型コロナウイルスの感染拡大もあって人材はいまだ足りていません。
受け入れが本格的に再開しても、処遇が悪ければ周辺の他国に人材を取られかねません。
第一生命経済研究所の星野卓也氏は「景気が回復してくると、介護など処遇が見劣りする分野は人手不足が加速する傾向がある」と分析しています。
岸田政権が掲げる「成長と分配の好循環」のなかで日本全体の賃上げに取り組むなら「介護などが取り残されないようにする必要がある」と指摘しています。
課題は賃上げの持続性
介護職などの処遇改善に異論は少ないです。課題は賃上げの持続性です。
給付金に頼れば常に財源不足が壁になり、単発の策にとどまることになります。
国民からの介護保険料が原資となる介護分野の場合、処遇改善のためには保険料の引き上げが避けられず、国民の負担増につながります。
野村総合研究所の木内登英氏は「サービスの質や需要の量に応じて、働く人の処遇も事業者側が柔軟に設定できる規制改革が必要だ」といいます。
企業が国からの補助金や収益を確実に職員の処遇改善に充てる仕組み作りも欠かせません。
人材市場のメカニズムが働かない、介護と医療
一般産業界では人材の争奪戦が激しくなると賃金を上げて確保しようとします。
報酬が高くなった職業には次第に人が集まり、その業種・職種の求人倍率はある程度収れんしていくことになります。
しかし、公的保険にしばられた介護、医療の世界には人材市場のメカニズムがほとんど働いていません。
ホームヘルパーで15倍前後といった異常に高い有効求人倍率が長期にわたり続いています。
解決策は保険外で収入
解決策の一つは事業者らが保険外で収入を得やすいように規制を見直すことです。
例えば、ホームヘルパーが要介護者の分だけでなく、同居家族の衣類を一緒に洗濯して追加料金をもらう。
ヘルパーが要介護者の趣味や旅行に同行したり、ペットの世話をしたりして保険外の料金を得ることなども考えられます。
こうした「混合介護」なら事業者の収入は増えても介護保険料や税負担には跳ね返らないはずです。
創意工夫で収入を増やした事業者がそれを原資に賃金を上げる流れをつくりたいところです。
業務効率化で収益を改善
業務効率化で収益を改善する改革も必要でしょう。
例えば患者を遠隔で管理し、省人化につなげられる技術も生まれています。
いまの診療報酬は看護師を手厚く配置するほど病院の収入が増える仕組みですが、デジタル技術の活用で医療の質を確保できるのなら、看護師の少ない病院に同額の報酬を払ってもよいはずです。
医療・介護の垣根を越えた再編も効率経営につながる可能性があります。
公定価格の引き上げや税金投入以外にも賃金を上げる手段を探るべきでしょう